2008年08月15日

暑さ歓迎粘りのレース  野口欠場に気負わず

日本経済新聞 平成20年 8月15日(金)
「極める」より

 十四日午後、北京入りした土佐礼子(三井住友海上)を空港で多くのテレビカメラが待ち構えていた。「意外に落ち着いている。代表が二人になった? 特に変わりはありません」。いつもと変わらず、土佐は淡々と話した。

 五輪連覇を狙っていた野口みずき(シスメックス)が2日前、出場辞退を決めていた。その報を土佐はテレビで知ったという。野口の心の痛みは、土佐の胸にもずきずきと響いたはずだ。「同じアスリートとしてケガで出られないつらさはわかっている」。北京入りすると、そう言って野口を思いやった。
  
 マラソンのトップランナーは涙がこぼれ出るほどのつらい練習を月単位の合宿でこなす。鼻を削るようにして、戦いに挑む。年に何度も走れるものではない。
それだけに、綿密なスケジュールを組んで進めてきた調整が最終段階でフィになったときの苦しさ、やりきれなさは言葉では表せない。そんな苦しみを土佐も
経験している。
 昨年七月、大阪世界陸上のマラソン(9月2日)を前にして左ひざを強打した。中国・昆明での練習中だった。深夜、情けなさに耐えられず、泣きながら、日本にいる夫の村井啓一(松山大職員)に電話をかけた。

「もうダメ。陸上をやめる」と弱音を吐いた。だが夫らの励ましでもう一度自らを奮い立たせた。

プールでの歩行に始まり、もう一度体をつくり直した。その結果が大阪世界陸上の銅メダル獲得だった。 アテネ五輪の最終選考会だった二〇〇四年名古屋国際安子マラソンの前にも、右足かかとの故障と体調不良に悩まされた。だが、結
果は優勝。どういうわけか土佐は苦境に立つと、力をしぼり出すことができる。五輪への切符はケガを克服しての一発逆転で勝ち取つてきた。

 レースで一度置いていかれても、また食らい付き、抜き返す。土佐の持ち味であり、大きな才能ともいえる粘りは、数々の困難を乗り越えることによってはぐくまれてきたのだろう。

 39キロ手前で先頭から離されながら、40キロ過ぎで再逆転して3位に食い込んだ大阪世界陸上は典型的な土佐のレースだった。体格に劣る日本遷幸には「先頭集団についていき最後に前へ」という勝利の方程式があるが、実行できるランナーはそうはいない。異様な粘りを有する土佐には、どんな展開になっても対応できる強みがある。
 
 01年のエドモントン大会を皮切りに世界陸上で銀、銅メダルを獲得。アテ
ネ五輪(5位)を含め4度目の世界大会となる土佐は勝負のツボを心得ている。コーチの鈴木秀夫も夏のマラソンを知り尽くしている。

 今回は日本オリンピック委員会(JOC)から許可をとりつけ、選手村から8キロほどのホテルに独自の拠点を構えた。大きなソファのあるリビングは12塁ほど
でくつろぐのに十分な広さがあり、日本から持参した炊飯ジャーや電磁調理器で簡単な料理もできる。大好きな「秋田こまち」も持ってきた。

 仮にアクシデントがあっても、もう泣きながら電話する必要はない。今回は啓一も同じホテルに宿泊して身の回りの世話をする。これ以上ないほど万全のサポ
ートを得た土佐は十四日、北京でいつものセリフをロにした。「もう少し暑くな
ってほしいですね」

 信条は粘り。粘り合いなら負けない。だから、願う。もっと暑くなれ。=敬称略
     (市原朋大)
posted by Anchan at 16:35| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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