2008年08月17日

世界の強豪気にしない 悔しさ胸に区切りの挑戦

日本経済新聞 8月17日(日)朝刊
「極める」より

 女子マラソンの号砲を翌日に控えた十六日、土佐礼子(三井住友海上)は午前六時から北京市郊外のゴルフ場で1時間ほど軽めの調整をした。関係者によると特に緊張や高ぶりもなく、淡々としていたという。
 土佐にすれば、レースはすでに4年前に始まっていた。初出場で5位に食い込んだアテネ五輪。優勝した野口みずき(シスメックス)の25キロ過ぎのスパートについていけなかった。 というより、完走を優先してついていかなかった。

「どんなレースでも、私の場合は30キロからどれだけ粘れるか」なのに、戦う前に自ら舞台を降りた。序盤は優勝候補のポーラ・ラドクリフ(英国)と並走するなど果敢に攻めた。それが、勝負どころでは……。だからだろう、レースが終わってみると悔いが残った。直後に土佐は北京への挑戦を心に誓った。
  
 ライバルは? そう問われても土佐は答えを持ち合わせていない。「うーん、誰ですかね。みんな強いですから」。はぐらかしているわけではなく、本当に思い浮かばない。 三月、日本陸連はマラソン代表6人を対象に講習会を開いた。「アフリカ勢がなぜ速いか」もテーマに上がったが、土佐は居眠りしそうになっていた。まずは自分。だから他選手が何をしているかには興味がない。

一万メートルの自己ベスト(32分7秒66)は日本歴代50位にも入らない。急速なスピード化が進むなかで、土佐が世界の強豪と伍(ご)していくために選んだ戦略は、その場の環境に白分を溶け込ませる≠アとだ。気象条件、レース展開、路面の硬さ…。そういった条件を受け入れ、そこに自分を適応させていく。 土佐はその才左持ち合わせている。だからレースが選手を傷める負の要素で満ちていても、ものともしない。悪条件を喜んで受け入れる。そこで他選手との差を埋め、逆に差をつける。
幸い、真夏に行われる五輪のマラソンには悪条件がごろごろと転がっている。
 北京のコースは四月のプレ大会で一度走っている。スタートの天安門広場に始まり、道が狭いと指摘される天壇公園や北京大、清華大の構内に、35キロ付近で待ち受けるアップダウン。土佐はチーム関係者が撮りためた写真を大事にノートに張りつけ、繰り返し見ては確認してきた。
 給水には保冷性の高いステンレスボトルを用意した。3位になった昨年の大阪世界陸上でも使ったもので、市販のスポーツドリンクを2分の1に薄める。
ボトルの色はオレンジ。大阪では金色にして取り損ねる失敗をしており、今回は故郷、愛媛特産のみかん色を選んだ。
  
 二〇〇四年に結婚した夫婦の新居は、松山市中心部から車で20分ほどの海沿いにある。目前には瀬戸内海が広がる。一月、夫婦は久しぶりにまとまった休みを楽しんだ。「子供を産んでも続けている選手がいる。私もやってみたい」と言い出した土佐に、夫の村井啓一(松山大職員)もうなずいたという。

 出産10カ月後にニューヨークシティー・マラソンで優勝し、「出産の方がつらかったわ」という名言を残したラドクリフのようなつわものもいる。その言葉を伝え聞き、土佐は「どれくらいつらいんですかね。でも子供は欲しい」と話した。
 十五日の記者会見で北京五輪の位置づけについて問われると、「いい区切りか
なという思いはあります」と落ち着いて答えた。32歳で迎えたこの五輪はキャリアのピーク。これを最後に一度は一線を退く。ラドクリフのように出産後、もう一度、復帰してみたい。おしどり夫婦の決意は固まっている。(市原朋大)
posted by Anchan at 08:13| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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